古い蔵を眺めていると男がやって来て、それは二百年以上まえから建っているのだと教えてくれた。
古い家財を押し込めているのだと教えてくれた。他にいくつか教えてくれた。
話し足りないといった感じで、男は道のほとりに立つのっぺら坊の石標を指して「これは座布団石」と教えてくれた。
名前のとおり寝かせてみれば人が座るには丁度よさそうだった。
先祖から語れ継がれている話を始める、
おじいさんのもうひとつ上の、もう一つ上の、もう一つ上の、、
指を折り折りし、右手全部をやってしまうと、数えるのを諦めて話を続けた。
村に疫病がはやった時に、行者がこの座布団石に座って念仏を唱え疫病をはらったそうな。
石の表面は鉄分が含まれているのか大部分が赤黒い色におおわれている。
血を吐く疫病だったそうで少し不気味に見えてしまう。
男はその不吉な表面を指で撫でて言う。
「ここに行者さま。これが錫杖。これは餓鬼。」
消えてしまったのか。描かれていたのですか、私は尋ねた。
「違う。浮いているでしょう。ほら真っ直ぐみたらわかるでしょう。」
摩耗してしまったのか。彫られていたのですね、私はまた尋ねてしまった。
「違う。石から浮いてくるでしょう。」
「ここに行者さま。これが錫杖。これは餓鬼。」
男と石のあいだに浮いている像だった。
石を頼りに、図を頼りにする私には隠れていた像だった。
長い話になりました。なんでもないこともない話でした。
おわり